地球最後の日のための種子 | |
スーザン・ドウォーキン 中里 京子
文藝春秋 2010-08-26 おすすめ平均 |
科学の発達により品種改良を重ねた現代農業の作物は、生産性を飛躍的に発展させることに成功しています。しかし、ひとたび生産性の高い品種が生まれてしまうと、誰もがそれを栽培したがるため、畑はその品種一色に染まることになります。
これはどういうことを意味するでしょうか?1999年にウガンダで発生した小麦黒さび病Ug99は風に乗って広がり、小麦畑を次々に浸食し、これがさらに広がると深刻な食料危機につながりかねません。こうした事態がおこるのは、実は畑が単一の品種に染まっていることが原因なのです。
品種改良の努力は収穫の拡大、疫病への抵抗力に大きく貢献していますが、ひとたびUg99のようなその品種が抵抗性を持たない病原体が出現すると、単一の種で染まった畑は壊滅的な被害を受けてしまいます。こういった事態に直面してもなお人類が生き続けるためには、過去の品種や原生種とそこから派生したいくつもの種をあたり、特定の病原菌に強い品種を探すためのコレクションが必要になります。
本書『地球最後の日のための種子』は、「遺伝子銀行」と呼ばれるこのコレクションを貯蔵する施設の設立に大きく貢献したデンマーク人科学者、ベント・スコウマンにスポットを当てた一冊です。「世界から飢えを一掃すること。」世界の食料を守るスコウマンの動機は、おそらく誰にとっても共感できるものに違いありません。
しかし、彼の思いが結実して「地球最後の日のための貯蔵庫」ができるまでの道は、決して平坦ではなかったのです。特に大きかったのが、知的財産権の問題でした。品種の自由な交配を可能にするため、世界中の誰もが遺伝情報にアクセスできるべきだとスコウマンは信じていましたが、それは特許を申請することで遺伝情報を私有しようとするバイオ企業との軋轢を生んでしまいます。
人類全体を救うための施策が、なぜ企業の金儲けのために妨害されてしまうのか。憤りを感じながらも活動を続けたスコウマンは、たとえ反対勢力が前の前を塞いでいようと、情熱を失わずに自分が正しいと思った道を進むことの大切さを教えてくれます。残念ながら世の中は正しいものが勝つわけではなく、勝ったものだけが正しさを主張することができます。どんなに正しい意見でも、必ずしも評価される訳ではありません。なので、何かを正そうと思ったならば正しい意見を言うだけではだめで、いかにそれが正しいことを証明するか、そのためにどれだけ情熱を失わずに活動し続けられるかが問われるのです。興味があれば、ぜひ読んでみてください。
地球最後の日のための種子 | |
スーザン・ドウォーキン 中里 京子
文藝春秋 2010-08-26 おすすめ平均 |