自己信頼[新訳] | |
伊東奈美子
海と月社 2009-01-26 おすすめ平均 |
ラルフ・ウォルド・エマソンの『自己信頼[新訳]』を読みました。
本書の基になった”Self-Reliance”はなんと1841年に刊行されたものなのですが、「自分の考えを徹底的に信じて生きているか?」という問は、人々がいろいろなものに依存しがちな現代に対する強烈なアンチテーゼだと思います。
自分の考えを信じること、自分にとっての真実は、すべての人にとっての真実だと信じること―それが天才である。
これは頑固であるとか、物事を決め付けて考える、ということとは違うと思います。
世の中には様々な価値観があり、人それぞれ感じる正しさは異なるということを理解しつつも、自分の思想が正しいのだと信じることができる信念の強さのことを言っているのではないでしょうか。
世界は広く、善きものであふれているが、自分に与えられた土地を耕さないかぎり、身を養ってくれる一粒のトウモロコシでさえ、自分のものにはならない
自分に与えられた土地、これは自分自身のことでしょう。
歴史を振り返っても、自由や生きる権利というものは、人に与えられ、保障されるものではなく、あくまで自分で掴み取るものでした。
自分を信じよ。あなたが奏でる力強い調べは、万人の心をふるわせるはずだ。
結局のところ、自分の精神の高潔さ以外に、神聖なものはない。
自分以外のものは名ばかりで、束の間の命しか持たないものと見なし、たとえ周囲のすべてが反対しようとも、自分の意見を貫くことだ。
どんなに立派な船も、無数の方向転換をくりかえしながら進んでいく。蛇行しているように見えても、ある程度の距離から眺めれば、実は一つの方向に向かって、まっすぐに進んでいることがわかる。
自分の意思を貫いていると、全てがうまく行くわけではなく、当然失敗や間違いもおかします。
しかしそれでも長い目で見れば、自分の意思を貫き続ける限り人は自分の本当になりたいものにまっすぐに近づいていくことができる、ということでしょうか。
正直な話、自分を貫いて生きるよりも、周囲に流されて生きるほうがラクだと思います。
自分を貫くということは人とぶつかっても丸くならずに、角を尖らせ続けるということです。
角が尖っている限り様々な場面でぶつかり続けることになるのは当然です。
しかし最近は、角を尖らせることによって逆に応援されることもたくさんあるのだということを知りました。
ブログをはじめてもうすぐ10ヶ月ですが、最近は「ブログを読みました」「毎日読んでいる」といった励ましのメッセージやメールをいただいたり、mixi経由でランチに誘われたり、中には「既に数十冊インスパイアされて本を購入した!」「読書に前向きになれる!」と言っていただけた方もいます。
つい先日も「プロフィールを見て、思わずエールを送りたくなった。自分の思った道を突き進んで下さい。」という応援メッセージをいただき、本当に励まされました。
世の中には後押ししてくれる人たちが大勢いるんですね。
そういう人たちとインターネットを通じてつながることができる現代は、まさに希望に追い風が吹く時代なのだと実感しています。
これからも私は自分の心の声を信じ続けようと思います。
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伊東奈美子
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