しがみつかない生き方―「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール (幻冬舎新書) | |
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香山リカさんの『しがみつかない生き方―「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール』を読みました。本書の内容にはあまり賛同できない部分も多々あるのですが、ひとつ深く考えさせられる部分がありました。
私は、「がんばれば夢はかなう」とか「向上心さえあればすべては変わる」といったいわゆる”前向きなメッセージ”を聞くたびに、診療室で出会った人たちの顔を思い出して、こう反論したくなる。「あの人はずっとがんばっていたのに、結局、病気になって長期入院することになり夢は潰えたじゃないか」「両親とも自殺して、育ててくれた祖父が認知症になっている彼女が、どうやって向上心を出せばよいのか」努力したくても、そもそもそうできない状況の人がいる。あるいは、努力をしても、すべての人が思った通りの結果にたどり着くわけではない。
去年、恐慌によるリストラや派遣切りがニュースになっていた時期、その様子を私はかなり冷めた目で見ていました。そういう事態を引き起こしたのは別に企業だけが悪いわけではなく、本人の責任も大きいはずだと考えていたからです。派遣というものがどういう契約形態なのかを知らなかったはずがないし、こういう事態も起こりえることは予測できたはず。にもかかわらず正社員にならずに(なるための努力をせずに)派遣という職を選んだのであれば、今更切られても文句は言えないだろうと考えていました。
リストラにあった人に関しても、要するに企業にとって不要だと判断されたからそういう事態になったわけであって、日頃から自分の能力を高めて、会社に貢献していればそういう目に遭うこともなかっただろうと考えていました。つまり、本人たちの自己責任だと、本人が変わることで改善するしか道はないと決め付けてすませていたのです。でも、最近は少し思うところがあって、考えを改めるようになりました。
本書にも登場しますが、世の中には頑張りたくても頑張れない人がたくさんいます。本人がいくら考えや行動を変えて現状から脱却しようとしても、周囲の状況がそれを許さない場合もあります。向上心をもって前向きにがんばりたくても、そのためのエネルギーが出せないで悩んでいる人もいます。
そもそも人は完璧ではないのです。にもかかわらず、一度失敗をおかしレールから外れただけでもうチャンスが与えられないというのは、やはりおかしいのではないでしょうか。そういう人たちに対して、「あなたの努力が足りないからだ」「もっとがんばれ」「考えや行動を変えればよくなるのに、やらないから解決しないんだ」「がんばらなかった自分の責任だ」と言うことは、実はとても残酷なことなのではないでしょうか。
私は結局、こういった人たちに対して自分が手を差し伸べないことを正当化したくて、本人の責任だと決め付けてすまそうとしていたのだなと感じました。本人が考えや行動を改めることでしか現状は良くならないと決め付けて、自分が出来ることについて考えることを放棄していたんでしょう。ある程度恵まれた自分の状況を、自分の力で獲得したものだと正当化したいがために、弱い立場にいる人を理解しようとしていませんでした。私はずるかった。
本当はここから先についても書きたいのですが、今は良くわかりません。しばらく考えます。
以下、メモ
寛容さを失い、さらに狭い視野でしかものごとをとらえられなくなっているからこそ、自分とは少しでも違う行動をする人たちの心を想像し、理解することができなくなっているのではないか。
弱い立場にある人、失敗しかけている人、競争に参加できない、あるいは脱落した人たちの存在を、勝間氏のような「努力、競争、成功」を掲げる人はどう考えているのだろう。
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4 Comments
深い、重いテーマですね…。
うかつにコメントできない感じもしますが
僕は、自分に与えられた環境、境遇で、自分の精一杯の努力をするしかないのだと思っています。
「努力」と言っても、その言葉に対するイメージは個々人で大きく差が開いていると感じます。
それなのに「努力」を絶対視してしまうところからいろいろな問題が起きているのではないか、と。
僕は結果も大事だと思いますが、それと同じくらいプロセスも大事だと考えています。
なので、「努力したって、何も結果は出ないかもしれない。どれだけ頑張っても意味はないのかもしれない」ということは重々承知の上で、それでも自分なりに精一杯の努力を続けていきたいと思っています。
ものすごく恵まれた環境にいる僕が言っても、すごく薄っぺらい言葉になってしまいますが。
ぼってぃーさん
そうですね、まずは自分に与えられた環境の中で精一杯やってみることが大切だと思います。
私が感じたのは、努力が出来ること、がんばれること、がんばればその先があると希望を持てることが、必ずしも全ての人々に平等に与えられているものではないということでした。
それは本人の努力云々といったものだけでなく、生まれや育ちなど様々な要因が影響していて、必ずしも全てが本人に責任があるわけではないんですよね。
それについては次の記事で取り上げる本で、書いてみようと思います。
初めてコメントします。確かに、若い時分にはそう思う事もあると思います。全てを自己責任として片付ける考え方がはやっており、それで社会はうまくゆくでしょうか。社会全体の幸せ感が上がるのか、ずっと疑問でした。
構造改革以降、自己責任論ははやり、納得する部分も多かったのですが、社会全体として良くなっているように思えなかったのです。
それをこの香山氏の本と、上田紀行氏(東工大の教授)の「かけがえのない人間」「生きる意味」で解決する事ができたと思います。
これからもずっと考え続けるテーマですが、上田さんの本をまだ読まれていないのであればぜひ。本当にお勧めです。
さとみさん
ありがとうございます。
自分自身に対する接し方は、自己責任の考え方でいいのではないかと今でも思っています。
ただ、社会の仕組みとしては自己責任で切り捨てるのではなく、
、弱い立場にいる人を救済する、もしくは頑張るチャンスをあたえるような形が望ましいのかもしれません。
上田さんの本、お勧めいただいてありがとうございます。
今度読んでみますね。